大久保範聡

私たちの宝である海を未来へつなぐため、さまざまなゲストをお招きして、海の魅力、海の可能性、海の問題についてお話を伺っていく「Know The Sea」。Podcastなどを介してお届けしているこのコンテンツは、日本財団「海と日本プロジェクト」の一環です。

今回は、東京大学大学院農学生命科学研究科教授の大久保範聡さんに、魚の驚くべき生態「性転換」についてお話を伺いました。オスからメスへ、あるいはメスからオスへと性が変わる魚たちの生存戦略、そして地球温暖化がもたらす影響について深掘りします。

見た目も心も丸ごと変わる

魚の性転換とは、「生きている途中にオスからメス、またはメスからオスへと性が変わること」を指します。人間にはできないこの変化は、魚の体内で見た目だけでなく、体の仕組み(生殖機能)すべてが変わります。

変化にかかる時間は種類によって異なりますが、一般的には2〜3ヶ月。中には最短で5日間というスピードで性転換する魚もいると言います。

さらに、性転換するのは体だけではありません。 「体が性転換するのに伴って脳も性転換するんです。昨日までオスを好きだったのが突然メスを好きになる、昨日まで求愛されていたオスがいきなりメスに求愛し始める、といったメンタル(性的志向)もガラッと変わります」。

性転換は「子孫を残すため」の繁殖戦略

魚が性転換をするのは、自らが生き残るためというよりも、「いかに自分の子孫を多く残すか」という繁殖戦略のためです。

オスからメスへの性転換:
カクレクマノミなどがこのパターンです。群れの中で一番大きな個体がメスになるという厳格なルールがあり、オスが成長して一番大きくなるとメスに性転換し、2番目に大きいオスとカップルになります。クロダイやコチもこのタイプです。

メスからオスへの性転換:
クエやハタ、マダイなどがこのパターンです。一匹の強いオスが多数のメスを独占する「ハーレム」を形成する魚に多く見られます。体が小さい間はメスとして子供を産む方が効率的ですが、体が大きくなるとオスになってハーレムを乗っ取り、より多くの子孫を残す方が有利になるため、大きくなってからオスに性転換します。 性転換をする魚は現在約500種類知られており、特に繁殖シーズンが長い熱帯の海域に多い傾向があるとのことです。

最短5日間で「性別を週替わり」するハゼも

さらに驚くことに、オスからメス、メスからオスへとどちらの方向にも性転換できる魚も存在します。 沖縄や奄美に生息するオキナワベニハゼは、この両方向性の性転換が可能で、しかも何回でも行ったり来たりできます。最短5日間ほどで性転換できるため、「週替わりで性別を楽しんでいるような、かなり自由な生活」を送っていると言います。彼らはカップルの相手との力関係で、大きい方がオス、小さい方がメスになるというルールで性別を決定しています。

温暖化の影:ストレスで「オスが増える」魚たち

性転換は魚の戦略ですが、近年、海水温の上昇などによるストレスが、魚たちの性別分布に予期せぬ変化をもたらしていることが分かってきました。

「普段は性転換をしない魚でも、強いストレスがかかると本人の意思に関係なくメスからオスに変わっちゃうことが分かってきました」。

この理由として、卵を作るには多くのエネルギーが必要なため、生きていくのが精一杯のストレス環境下では、「精子を作るオスになった方が、子孫を残しやすい」と体が判断するのではないかと考えられています。

実際に、アメリカ南部のヒラメを調べた研究では、水温が高い場所のヒラメは最大94%がオスになっていたという報告があります。また、東京湾のギンイソイワシでも、気温が高かった年はオスが8割近くに増えるというデータがあり、このまま温暖化が進むと、オスばかりになってしまい、繁殖できずに絶滅してしまう魚が出てくる可能性が危惧されています。

性転換のメカニズム解明への挑戦

大久保教授は、この魚の性転換が「脳と体、そして性的志向がどう連動して変化するのか」という根源的な疑問の解明に取り組んでいます。

「魚は性転換によって性的志向も変わりますが、これがホルモンバランスで決まることは分かっています。しかし、それ以上の深い仕組みはまだわかっていません」。

魚の性転換研究は、人間の性に関する多様性の理解にも新たな視点を与えてくれる可能性を秘めています。性別が簡単に変わり、自由な生活を送る魚たちの生態は、今後の地球環境や生物多様性を考える上で、重要なヒントを与えてくれるでしょう。

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