NPO法人 海辺つくり研究会 事務局長、環境活動家

木村尚

私たちの宝である海を未来へつなぐため、さまざまなゲストをお招きして、海の魅力、海の可能性、海の問題についてお話を伺っていく「Know The Sea」。Podcastなどを介してお届けしているこのコンテンツは、日本財団「海と日本プロジェクト」の一環です。

今回は、NPO法人海辺つくり研究会事務局長で海洋環境専門家の木村尚さんをゲストにお迎えし、東京湾の再生物語について深く掘り下げていきます。木村さんの著書「都会の里海 東京湾 – 人・文化・生き物」から、東京湾の現状を読み解くための質問を投げかけ、〇×形式で答えていただきました。

東京湾、その現状を読み解く〇×クイズと解説

まず、木村さんに東京湾の現状について4つの質問を投げかけ、〇か×かで答えていただきました。

「水質は近年になって改善している?」 → △

「漁獲量は近年になって回復している?」 → ×

「各所の努力が結実している?」 → 〇

「東京湾は良くなって、いない?」 → 〇

この結果について、木村さんに詳しく解説していただきます。

水質改善の光と影:「見た目の綺麗さ」と「貧酸素水塊」

「水質は近年になって改善している?」という質問への答えは「△」でした。「見た目の綺麗さは回復している」一方で、見えない問題が進行していると言います。

「東京湾に流入する水から湧いたプランクトンが死んで堆積し、分解する際に海中で大量の酸素を使ってしまうんです。その結果、海中に酸素のない場所(貧酸素水塊)ができ、生き物が住めなくなっています」。

この貧酸素水塊をなくすには、原因の負荷を減らすこと、そして「干潟や藻場を作って酸素を供給する海中システムを増やすこと」が必要だと木村さんは指摘します。

潮干狩りも海を耕すことにつながるという話は、まさに再生への取り組みの一端。私たちが楽しむ潮干狩りが、海底をかき混ぜ、酸素供給の手助けになっているのです。 「潮干狩り、どんどんやっていただきたいんですよ。積極的に出ていただくと海の中をきれいにしていくことにもつながっていくので」。

食文化の壁と新たな試み:漁獲量の課題

続いて、「漁獲量は近年になって回復している?」という問いには「×」という厳しい現実が突きつけられました。

「魚の種類が随分変わってしまいましたね、南方系の魚に」と木村さん。温暖化の影響で東京湾でも南方系の魚種が増加傾向にありますが、食文化の壁が立ちはだかります。

「南の方では食べてるけど東京湾では食べる文化がないとか。そもそも甘い醤油がダメって人も多いでしょ?」。地域によって異なる食の嗜好が、新たな魚種の有効活用を妨げている現状があるようです。

「私たちは新たな食文化を楽しむ気持ちを…」という問いかけに、「積極的に身近なものを食べていく。最初はチャレンジかもしれないけど、頭ごなしに合わないと決めつけないで、楽しんでもらいたい」と、私たち消費者側の意識変革の必要性を訴えました。

動き出した行政と「3000万人」への願い:結実しつつある努力

3つ目の質問、「各所の努力が結実している?」には、「〇にしたい」と答えた木村さん。これは東京湾の再生にとって大きな希望となる点です。

「昔は一部の市民活動団体が積極的に活動していましたが、行政が自らそういうことをやることはなかったんです。法律がなかったからですね」

しかし近年、状況は大きく変化しています。

「法律はないにしろ、“カーボン実質ゼロ”をきっかけに、『藻場や干潟を増やさなきゃいけない』と行政も気づき始めました。東京都、川崎市、横浜市、横須賀市、三浦市、木更津市、市川市など、多くの自治体が取り組み始めています。」

自治体レベルでの意識が向上し、「市民活動団体と協力し、市民を巻き込んでやっていこうという意識でやられている感じが出てきたので、そういった意味では体制としてはすごく良くなってきた」と評価します。

こうした活動に参加する人々は、一度体験するとその魅力に惹きつけられ、リピーターになることが多いそうです。しかし、木村さんの悩みは、その参加者の絶対数にあります。 「海辺つくり研究会で藻場造成の活動をしていますが、ピーク時でも年間3000人ぐらいでした。しかし、流域人口は3000万人。3000万人の影響を3000人では受け止められませんよね。言うだけの人が多くなり、自分で行動を起こそうという人がなかなか出てこない悩みがある。それをうまく伝えていかなきゃいけない。自分の身近なところでやっていただいたらいいんです。遠くまで行かなくても」。東京湾の再生には、行政の努力はもちろんのこと、そこに暮らす一人ひとりの市民が行動を起こすことが不可欠だと強く訴えます。

東京湾の複雑な課題:温暖化、食害、そして「動的安定」

「東京湾は良くなっていない」という現状に対して、木村さんは具体的な問題点を挙げます。

貧酸素水塊に加え、水温上昇による南方系魚種の増加が、新たな問題を引き起こしています。

「南方系の魚が入ってきて、魚の海藻の食害問題が発生しています。クロダイなどが海苔やわかめを食べてしまうと漁師さんが困るんです」。海苔やわかめはCO2を吸収する重要な役割を担っており、その被害は環境全体に及びます。

また、「水が暖かい分だけ栄養が足りない」という現象も。水温が上がると特定の栄養素が不足し、海藻の生育を妨げるという複雑なメカニズムが働いています。

さらに、砂浜の減少についても言及します。

「横浜市の沿岸は約140キロメートルありますが、人が出られる砂浜干潟の長さは1.5キロメートルくらいしかありません」。

砂浜は海にとって重要ですが、その維持には「動的安定」という考え方が不可欠だと言います。「川などから流れ込む砂と流れ出る砂が均衡して砂浜は維持されます」。

人工的に砂を供給し続けるには莫大な費用がかかりますが、東京湾でも砂浜を増やす取り組みが進められています。「皆さんの理解が広がれば、そういったことにもっとお金を使おうという話にもなっていくでしょうし、そうあってほしい」

森・川・海の連携と「人間の多様性」が紡ぐ未来

木村さんは、海だけでなく、川、そして森とのつながりにも目を向ける重要性を語ります。

「海も、森も、川もすべてに目を向けるのは大変ですよね。だから森の近くに住んでいる人は森のことを一生懸命やり、たまに海を見にきて、『海もだいぶ良くなってきたね』と自分たちの成果を感じて、美味しいものでも食べてもらうといい。それは川も同じです」。

それぞれの「チーム」が身近な場所で努力し、それが連携することで全体が豊かになる。それぞれの場所での頑張りが一つになって結果を生むのです。

自分の身近なところでできることを見つけ、楽しむ気持ちを持つこと。それが「好奇心につながって楽しそう」だと木村さんは言います。

「活動をやりながら身近に感じてもらい、もっと良くしていくということを、文化として生活リズムとしてやっているようなところまで高められたら、おそらく東京湾って世界遺産にできるんじゃないのかなと思っています。持続可能であるという点で。」

東京湾が世界遺産になる可能性を秘めていると語る木村さん。そのためには、生物多様性だけでなく「人間の多様性を許容すること」が根本にあるべきだと強調します。

「子どもたちによく『何の生き物一番好きですか?』と聞かれますが、私が一番好きなのはやっぱり人間でしょうね。女性とは言いません(笑)」。

人間も海の生物も自然も、すべてがつながっているという意識を持つことで、関わり方や楽しみ方が変わっていくと木村さんは語ります。

「私、始めた頃は戦後50年ぐらいかけて悪くしてきてしまいましたが、なんとか良くしたいと思って活動してきました。だからこそ子供たちにも教えるのではなく、仲間として一緒にやっていきたい気持ちがあります。当時を思い返すと、すごく良くなりました。だから後は若い人たちに頑張ってほしいなと思いますね。」 私たちが楽しみながら、親しみながら海や自然に関わることで、東京湾の未来は確実に変わっていくでしょう。NPO法人海辺つくり研究会事務局長の木村尚さん、貴重なお話をありがとうございました!

このコーナーはAuDeeでも配信中です。ぜひアクセスしてみてください!

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