2024年6月からスタートした音声コンテンツ「Know The Sea」。私たちの宝である海を未来へつなぐため、さまざまなゲストをお招きして、海の魅力、海の可能性、海の問題についてお話を伺い、Podcastなどを介してお届けしていきます。このコンテンツは、日本財団「海と日本プロジェクト」の一環です。
今回のゲストは、生物学者の福岡伸一(ふくおか しんいち)さん。ガラパゴス諸島の海や生き物、我々人類が海のために行うべき役割についてお話を伺いました。

海は「生命のゆりかご」
まずは、生物学を専門とされていらっしゃる福岡先生にとって、海はどんな存在なのか教えていただきました。
「母なる海と言われる通り、生命進化の歴史が38億年ほどありますが、最初の生命が誕生したのも海の中と考えられています。そして、そこから大きな進化のドラマが次々と繰り広げられたわけですけれども、それも海を舞台にしています。また、哺乳動物である人間が生まれるときも、羊水というお母さんの体の中にある海の中を漂いながら、発生し誕生するわけですね。そういう意味で海は『生命のゆりかご』だと思います」
ダーウィンと同じ方法でガラパゴス諸島へ
そんな生命と海について、福岡先生は2021年に「生命海流 GALAPAGOS」という本を出版。これは、200年前に進化論を打ち立てたダーウィンと同じ方法で、ガラパゴス諸島に行かれた時の航海記だそうで、先生の夢でもあったとおっしゃっています。
「今から200年ほど前、1800年代の最初の頃に、イギリスからビーグル号という船が世界航海へと出ました。そこに、20代のチャールズ・ダーウィンが乗り合わせていて、世界中の未開の場所を探検したと。その中にガラパゴス諸島があったわけですね。ガラパゴス諸島は、100以上の小さな島が群島として存在していまして、その島々に固有の生物がいて、それぞれが島の環境に適応して生きています。そこでダーウィンは、大きなゾウガメやイグアナ、さまざまな鳥などを目の当たりにして、非常に興奮し、新しい生命観が必要だと考えました。そこから試行を重ねて、1800年代の半ば過ぎに、『種の起源』というタイトルで、いわゆる進化論を書き上げました。そのため、ガラパゴス諸島は歴史的にも大事な場所なんですね。そこで私は、ダーウィンが辿った同じ航路を行き、ダーウィンが見たであろうガラパゴスの自然を見ました。それは今もほとんど手つかずの状態で残っています。それを見て、同じ生物学者として、私も生命のことを考え直したいなと思い、旅に出たんです」

ガラパゴス諸島は「進化の最先端」
ガラパゴス諸島といえば、ガラパゴス化という言葉があるように、進化から取り残された場所というイメージもありますが、先生は書籍で「進化の最前線」と書かれていらっしゃいます。そのガラパゴス諸島と進化について伺ってみると
「古い携帯のことを『ガラケー』と呼びますが、それは本当のガラパゴス諸島に対して大変失礼な言い方なんですね。ガラパゴスは行き止まりでもないし、袋小路でもなくて、実は今まさに進化がどんどん起きている。地球環境の中で、進化の最前線と言っても過言ではない場所なんです。というのも、ガラパゴス諸島は、地球全体の歴史から見ると比較的新しく、急に海底火山が爆発して生まれた島で、今から数百万年ぐらい前に突然現れた島なんです。けれども、大陸から遠く、1000kmほど離れているので、そんな新天地に行き着けた生物というのは、ごくごく限られていたわけですね。羽を持っている鳥、台風といった風に乗って流れてくる小さな昆虫のようなものなど。それらがゼロから進化をスタートした場所でして、そういう意味でも今なお進化が進んでいる最先端の島なんです」
ちなみに、笑いながら「ガラケーとか言わないでください」と念押しされていました。
遊んで欲しいというサイン?近寄ってくるガラパゴス諸島の生き物
また、書籍には「ガラパゴスの生き物たちは、あまり人間を恐れないという特徴がある」と書かれていらっしゃいます。それは一体なぜなのでしょう?
「これはなかなか難しい問いなんですね。ほとんど手つかずの自然が残されている場所なので、人間のことを知らないというか、人間のことを恐ろしいものと思っていないという見方もあります。けれども、実はガラパゴス諸島が発見されてから500年ぐらいが経過していて、その間には海賊が空き地にしたり、南米の人達が移住したりと、自然が荒らされた時代もありました。ゾウガメなどが捕らえられて食料にされたような時代もあったんですね。ですので、人のことを知らないから人を恐れないのではないかというのは、必ずしも説明になっていないと思います。むしろですね、ガラパゴス諸島は限られた生物だけが行き着いて、そこから進化が再出発した場所なので、個々の生物があまり競争していないわけです。環境がガラ空きなんですね。そういうところで自由に発展してきたのがガラパゴス島なので、競争や競合から無縁であると。そのことが、ある種の大らかさというか、無防備さにつながっているんじゃないかなと私は感じました」
恐れないどころか、人間の方に歩み寄ってくることもあったとおっしゃっています。
「ガラパゴスの生物の方が、人間に興味を持つというか、関心を持っているような感じが多々ありました。例えば、カメラを向けて鳥を撮ろうとしたら、鳥がそのカメラに興味を持ってファインダーの中に飛び込んできたこともありました。またある時は、船をチャーターしてガラパゴス諸島を巡ったのですが、突然“グンカンドリ”という大きな鳥が飛んできて、しばらく船と併走して飛んでいまして、非常にフレンドリーな感じがしました」
ガラパゴス諸島周辺の海の中は・・・
さらに、海の中に潜っての観察も行ったそうです。
「ガラパゴス諸島は、海底火山が噴火してできたので、絶海の孤島のように海の中にぽつぽつと島があります。海の視点で見ると、それは巨大な山脈のほんの少しだけが海に出ている状態。ですから、海はとても急峻で深いところに切り立っています。その海でシュノーケリングすると、岸壁がまっすぐ下に落ちていて、クラクラするぐらい透明度があるので、底の方が見えるんですよ。そこには、色とりどりの魚が泳いでいたり、大きなウミガメが横切ってきたり、奥の方には巨大なエイがゆらゆらと泳いでいたりして、楽園だなと思いました」
シュノーケリングで観察されたそうですが、福岡先生は実は泳ぎが苦手とのこと。しかし、「ここまで来てガラパゴスの海を見ないで帰るわけにもいかない」と思い、海の中を観察したとおっしゃっています。その感想は「それはそれは素晴らしくて見て良かった」と思っただけではなく
「本当の自然を目の当たりにすると、まず、今が一体何月何日だったかという『時』を忘れて、それから自分が何歳かという『年』を忘れて、そして自分自身も忘れてしまうという『忘我の境地』に入ってしまいました」
海水温の上昇は人間にまで及ぶ負のスパイラルを巻き起こす
そんな海では、海水温の上昇といったさまざまな問題が起きています。そこで、福岡先生に気候変動によって海洋生物にはどんな変化があるのかを伺いました。
「さまざまな局面で重大な影響が及んでいます。ガラパゴス諸島は、いま申しましたように、急峻な海底火山の突端にあるので、赤道直下にあるにもかかわらず、海の底を流れてくる冷たい寒流が、海底火山にぶつかって上がってきます。『湧昇(ゆうしょう)』と言って、急斜面を立ち上がってくるのですが、その冷たい海の水が上がってくる場所にあるんですね。そうなると、海底に沈んでいたプランクトンの死骸などの有機物のほか、ミネラルなどが持ち上がってきて、それが表層にいる生物の栄養源になります。そういう暖流と寒流のサイクルというのが、気候が変動すると変化してしまうわけですね。それだけではなく、海の温度が上がるということは、酸素が溶け込みにくくなるという問題が起きてきます。塩や砂糖は温度が高いほどよく溶けますけれども、気体は温度が高くなると溶けにくくなるんですね。ですので、海水温が上がると酸素が溶けにくくなって、水の中の酸素が足りなくなる。すると、魚はもちろん、さまざまな生物が苦しくなってしまいます。そういった多面的な影響があり、実は海の中で生物同士はつながっていますので、とあるひとつの生物がダメージを受けると、その生物を食べていた生物もダメージを受ける。そして、その生物を食べている小魚もダメージを受けて、その小魚を食べている海鳥やオットセイのような海洋生物がダメージを受けて、ひいては人間も大きな影響を受けるという負のスパイラルになってしまうわけです」
鉄のイオンを海にまく取り組みを実施中
そういった負のスパイラルを改善するために、どんな取り組みが行われているのでしょう?
「大自然が相手なので、小手先では解決できない問題ですが、例えば、冷たい海の水がミネラルなどを持ち上げなくなり、栄養不足になった海にどうやって栄養を補給するかという問題については、『鉄のイオン』をまいています。ガラパゴス諸島周辺では、特に不足するのが『鉄のイオン』なので、それを海水にまくことによって、少し栄養のバランスを回復させようというプロジェクトが行われています」
「利己から利他へ」「威張るな人間」
最後に、皆さんへのメッセージをお願いしました。
「人間以外の生物は、環境から何かを得ると、余剰分や自分の代謝から出てきたものは、すぐに他の生物に手渡しています。必要以上には絶対溜めていません。ストックよりもフローを心がけているんですね。それから、自分の住むべき資源というものを厳密に守っています。この海域で進むであったり、この食べ物を食べるであったり。つまり、利己的というよりは、利他的に生きているわけですね。その中で、人間だけが、この地球に現われてほんの20万年ぐらいしか経っていないのにも関わらず、我が物顔で資源を独り占めしたり、いろいろな希少なものを自分のものだと独占してしまったりして、地球環境に負荷をかけています。ですので、『利己から利他』、それから『威張るな人間』というように、もう少し地球環境の生命体の一員として、大きな循環の中で、いかに利他的に役割を果たせるかということを考えないといけないなと思っています。地球で最後に現れた生物が人間なので、進化の最前線にいるように思っていますが、実は今、地球環境において、最強最悪の外来種になっているわけです。そんなことを少し反省しないと、このままでは地球は大変なことになってしまうと思いますね」







