私たちの宝である海を未来へつなぐため、さまざまなゲストをお招きして、海の魅力、海の可能性、海の問題についてお話を伺っていく「Know The Sea」。Podcastなどを介してお届けしているこのコンテンツは、日本財団「海と日本プロジェクト」の一環です。
今回は、海水から採取される魚のDNAを分析し、海と魚の変化を研究されている東北大学大学院教授の近藤倫生さんにお話を伺いました。
海の生物をDNAで解き明かす「環境DNA」とは?
近藤教授が研究されているのは「環境DNA」という画期的な手法です。
「環境DNAとは、海や川にいる生物を調べる生物調査の方法です。従来の生物調査では、魚を捕まえたり、海に潜って目視で確認したりと、膨大な労力と時間がかかりました。環境DNAは、そうした労力を大幅に削減し、より早く、広範囲の調査を可能にするために開発された技術です」
具体的には、海水を汲み上げ、その中に含まれる魚の鱗や粘液、糞などからDNAを抽出します。DNAは「全ての生き物の設計図」と呼ばれる物質であり、生物種によって異なる情報を持っています。
「たとえば、刑事ドラマの科学捜査をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。現場に残された髪の毛を調べて犯人を特定するように、水中のDNAを分析することで、どんな種類の魚が、どこに、いつ生息しているのかを特定できるのです」
この環境DNA分析は、近年頻繁に耳にする地球温暖化による魚の生息域の変化を捉える上でも非常に有効だと言います。
「魚の分布は、この10年ほどのスケールで急速に変化しています。地球温暖化が進むにつれて、これまで北の海にはいなかった南の魚が急に現れたり、逆に元々いた魚がいなくなったりする現象が起きています。こうした広範囲での変化を把握するためには、一箇所だけの調査では不十分で、日本全体での環境DNA調査が必要です」
「環境DNA」調査は誰でも参加できる市民科学
では、実際に環境DNAのサンプルはどのように採取されているのでしょうか?
「水中に含まれるDNAの量は非常に少ないため、まず水を汲んでろ過し、水中に残された魚の細胞や糞を取り出します。そこからDNAを抽出するのですが、さらにPCRという方法でDNAを増幅させ、次世代シーケンサーという機械でDNAを読み取ります。こうして読み取られたDNAの配列をもとに、どの魚のものかを特定するのです」

この一連の作業は、専門的な分析機関で行われますが、現地での採水・ろ過作業は、一般の人々も参加できる仕組みになっていると言います。
「日本全体で調査を行うためには、専門家だけでは手が足りません。そこで、それぞれの地域に住む住民の方々や、地域の企業、NPOに協力を仰ぎ、水を汲んでろ過するという現地作業をお願いしています。もちろん、DNAは私たちの体にも付着しているため、ゴム手袋の着用や採水した水に手を触れないといった注意点はありますが、分かりやすいマニュアルを用意しているので、誰でも参加できます」


「日本の海全体で魚の分布変化を見るには、どうしても日本中で環境DNA調査を行う必要があります。限られた専門家の代わりに、地域に住む住民の方々や企業の方々、NPOの方々に現場での採水・ろ過作業を手伝っていただいています」
近藤教授が設立したネットワークでは、大学や企業、行政、地域住民が連携することで、全国をカバーする生態系ビッグデータを獲得・提供しています。
参加を希望する方にとって、現在最も参加しやすい機会は、アースウォッチ・ジャパンというNPO法人が行っている市民科学プログラムです。毎年参加者を募集し、全国の海の調査が行われているとのこと。 「このプログラムの面白い点は、自分が調査した場所の生物が分かるだけでなく、同じやり方で調査した日本中の人々のデータを一緒に見ることができることです。例えば、自分の場所で見つかった生物が他の地域にもいるのか、あるいは自分の場所では見つからなかった生物が他の地域にはいるのかといった違いが見えたり、毎年参加することで、去年いた生物が急に現れたり、いなくなったりといった発見があったりします」
温暖化で魚が「北上」!? 近藤教授が見た海の異変
近藤教授自身もデータ分析を通じて多くの発見があったと言います。中でも印象に残っているのは、近年見つかった「魚の北上」現象です。
「2017年から6年間にわたるデータを解析したところ、日本の海で実際にさまざまな魚が北上していることが明らかになってきました。たとえばサワラのような魚が顕著な北上傾向を示しています。これは、これまでその海域にいなかった魚が南からやってきて現れ始めたり、逆に今までいた魚がいなくなったりといった変化が起きているということです。私たちは、海の温暖化が原因ではないかと推測しています」
海と人が共生する未来へ:地域住民が「海の番人」に
近藤教授は、こうした多くのデータを今後どのように活用していきたいと考えているのでしょうか。
「海を守っていくためには、地域の人々、地域の住民の皆さんが非常に重要です。なぜなら、地域の海に最も接し、あるいは海に影響を与え、助けることができるのは、まさに地域の皆さんだからです。環境DNAの技術は、地域の人々が自分たちの海の自然を知るための非常に良い方法だと考えています。地域の人々が環境DNAを使って、いつも海を見守るような仕組みを支援できたらと考えています」
海の温暖化が進み、生息する魚が変わっていくことは、漁業など地域経済にも大きな影響を与えます。
「もちろん、温暖化を止めて魚の分布が変わるのを阻止できれば一番良いのですが、それは簡単なことではありません。だからこそ、地域の人々が海の変化をきちんと理解し、あるいは予測し、これから起きる自然の変化に人間側が適応していくことが必要だと考えています」
私たち一人ひとりが海洋問題にどう対応していけば良いのか、近藤教授は「核になるのは海に関する情報と人だと思います」と語ります。
「自然というのは、地域の人々が一番強く関わっています。例えば、北海道の自然が悪くなったからといって、沖縄の自然を増やせば良いという話にはなりません。北海道の自然が良くないなら、北海道の人々が自らその自然を良くしようと努力するはずです。だから、それぞれの地域の人がどうやって自然を回復させるかを考えることが重要です」
そして、その取り組みを支えるために、自然の恵みを享受している私たち一人ひとりが、それぞれの地域での努力を支援していくような動きが求められていると言います。
「まずは、皆さんが住んでいるエリアの海を知ることから始めるのが大切です。この夏、海水を採取するボランティアに参加してみるのも良い一歩になるかもしれません。もちろん、その場所にどんな生き物がいるか分かるのも重要ですが、実際に海に足を運んでみてください。そうすることで、今まで気づかなかった発見があったり、素敵な風景に出会えたり、あるいは怖い風景に直面したり、だんだんとその自然が自分のことになっていくはずです。そうやって、海との距離をどんどん近づけていってほしいと願っています」
今回のゲストは東北大学大学院教授の近藤倫生先生でした。

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