幼魚水族館 館長 / 岸壁幼魚採集家

鈴木香里武

私たちの宝である海を未来へつなぐため、さまざまなゲストをお招きして、海の魅力、海の可能性、海の問題についてお話を伺っていく「Know The Sea」。Podcastなどを介してお届けしているこのコンテンツは、日本財団「海と日本プロジェクト」の一環です。

今回のゲストは、静岡県駿東郡清水町のサントムーン柿田川内にある世界初の幼魚専門水族館「幼魚水族館」の館長で岸壁幼魚採集家の鈴木香里武さん。トレードマークのセーラー服で登場した鈴木館長が、幼魚たちの奥深い世界を語ってくれました。

セーラー服は「伝えるモード」の正装

スタジオに現れた鈴木館長はセーラー服姿。「今日は自分の正装でやってきました。普段、魚や海の魅力を伝える仕事をしているのですが、その時のスイッチを入れる『伝えるモード』になるためにはこのユニフォームを着るのが大事なんです」

日本では女子学生の制服というイメージが強いセーラー服ですが、本来は水兵が着用する男性ユニフォーム。「海にまつわる仕事をする上でセーラーがいいかなと思って15歳から着続けています」と、鈴木館長の海への深い思いが込められています。

幼魚水族館:小さくても無限大の魅力

鈴木館長が館長を務める幼魚水族館は、その名の通り「魚の赤ちゃんたち」を専門に展示する世界初の水族館です。

「常に100種類、150匹くらいの幼魚たちが泳いでいます。大きな水槽にマグロが泳ぐような展示は一つもなく、時には1センチにも満たないような小さな子たちが、小さな水槽に所狭しと並んでいます」

展示されているのはアジやカワハギなど、私たちにも馴染みのある魚の幼魚もいます。その姿は成長した成魚とは大きく異なるものも少なくありません。

「そこが幼魚の面白さの一つです。生まれたばかりの頃は泳ぎが苦手で敵に食べられないよう物陰に隠れて生活したり、完全に透明になって身を隠したりします。それが成長とともに力がつき、戦ったり逃げたりできるようになると、色がついて大海原に旅立っていきます。この変身ぶりがまた面白いので、その成長を追ってほしいと思って展示しています」

幼魚はまさに「海のアイドル」。その愛らしい姿には見る人を惹きつける不思議な魅力があります。

「幼魚の好きなところはキリがないのですが、シンプルに言うととにかく可愛いんですよね。成魚はもちろんカッコいいですが、幼魚の頃はちょっと顔が大きかったり、目が大きかったり、全体のバランスがユニーク。色や模様も成魚よりもバラエティに富んでいることもあります」

例えば、鈴木館長が大好きなミナミハコフグ。

「幼魚の頃は泳ぐサイコロのような形をしていて、黄色い箱状の体に黒い水玉模様が全身にある作り物のような姿。それが成魚になると全く違う姿になります。その見た目のポップな感じや顔つきの可愛らしさを見てほしいですね」

成長を追う楽しみと「透明標本」の新たな価値

幼魚水族館では、来館者が飼育員とともに幼魚の成長を見守流ことが出来るのが特徴です。

「毎週来ても刻一刻と姿が変わっていくので、成長をずっと追っていると人間のように親心や愛おしさを感じてくるのではないでしょうか」

また、幼魚水族館では生きた幼魚の展示だけでなく、ユニークな展示も行われています。

「頑張って育てても残念ながら亡くなってしまう幼魚もいます。そういう子たちを無駄にしないよう、『第2の魚生』を歩んでもらうために透明標本を作っています」

透明標本とは、肉を溶かさずに形をそのまま残しつつ、筋肉などを光が透過するように変化させる特殊な技術。

「生きている時の形を残しつつ、内臓の中を覗いたり、目の裏側の構造や骨を見たりできるんです。見た目も非常に綺麗なので大人気。展示も充実しています」

透明標本は、研究においても非常に重要な役割を果たすといいます。

「内臓にマイクロプラスチックが入っているのが見えたり、こんな器官があったんだ、こうやって働いているんだということが透明化することで見えてきます。それが分かれば、次に飼育する際に、餌は何をあげたらいいか、隠れ家はどうしたらいいかなども分かる。研究においても、展示においても重要なものですね」

小さいからこそ生まれる「魚との距離」

幼魚水族館を訪れた来館者からは、多くの反響が寄せられているそうです。

「皆さん、非常に興味を持ってくださいます。今まで、大きな水族館で幼魚はあまり展示されませんでした。大水槽に1センチくらいの幼魚が泳いでいても小さすぎて目立たないし、今風に言うと『映えない』ということで展示されなかったんです。小さいことが展示する上ではデメリットだと考えられていたんですね」

しかし、幼魚水族館をオープンさせてみると、来館者の様子から鈴木館長は新たな発見があったと言います。

「水槽にベッタリと張り付いて、至近距離で魚たちを見ているんです。それを見た時に、小さいから近づかないと見えない。魚と私たち人間の物理的な距離が、嫌でも近づいていくわけです」

魚には近くで見ると初めて分かる表情の豊かさや仕草の可愛らしさがあります。

「何メートルも離れて眺めているだけでは分からないことがたくさんある。それが無理やりでも近づかせてくれるのが幼魚の小ささ。小さいことがかえってメリットになるんじゃないかと。おお、なるほど!と思いましたね」

来館者が水槽に張り付く姿は、他ではなかなか見られない光景であり、幼魚水族館ならではの微笑ましい景色です。

鈴木館長のルーツと幼魚水族館誕生の物語

幼魚水族館が清水町に誕生した背景には、鈴木館長の幼少期の経験がありました。

「私自身が魚に触れ合ってきた歴史をたどると、一番幼少期に大好きで通っていた海は伊豆でした。休みの日は家族で伊豆に行き、網で魚をすくったりして、魚の魅力を教えてもらったのがスタートです」

いつか自分の水族館を作るという夢を抱いていた鈴木館長は、伊豆周辺での開館を強く願っていました。

「そんな思いが叶ったタイミングで、清水町にあるサントムーン柿田川という大きなショッピングセンターの支配人の方が、我々の活動にすごく興味を持ってくださって、『一緒にやりましょう』と声をかけて下さったのです。それで、サントムーン柿田川の中に幼魚水族館をつくることができました」

鈴木館長の幼魚たちへの深い愛情と、小さな命に秘められた無限の可能性。幼魚水族館は、私たちに新たな海の魅力を教えてくれる場所です。

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