株式会社イノカ取締役

松浦京佑

私たちの宝である海を未来へつなぐため、さまざまなゲストをお招きして、海の魅力、海の可能性、海の問題についてお話を伺っていく「Know The Sea」。Podcastなどを介してお届けしているこのコンテンツは、日本財団「海と日本プロジェクト」の一環です。

海の恵みを享受しつつも、その脆弱なバランスを脅かしている私たち人間。地球表面の約7割を占める広大な海は、いまだ多くの謎に包まれています。そんな海の環境問題に対し、AIと独自の環境移送技術を駆使して新たな視点からアプローチするベンチャー企業、株式会社イノカ。今回は、取締役の松浦京佑さんに、その革新的な取り組みについてお話を伺いました。

海を「切り取る」技術:イノカが描く新たな海洋研究

株式会社イノカは、『海を切り取ってそのまま陸上に再現する』というコンセプトのもと、環境移送技術をコアテクノロジーとして、水槽を使った研究や教育に取り組んでいる会社です」と松浦さんは語ります。まるでSFの世界のような話ですが、彼らはどのようにして広大な海の一部を陸上に再現しているのでしょうか。

「実際の海をパラメーターごとに分解して、それを水槽の中に再構築するイメージです。海を様々な要素に分け、それを水槽の中で人工的に再現していく形ですね」と松浦さんは説明します。

具体的には、光の量や質、そして水質に含まれるリンやカルシウムといった多種多様な成分など、海を構成するあらゆる要素を細かく分析。それらの要素を水槽内で精密に再現することで、特定の海の環境を忠実に「コピー」しているのです。

さらに驚くべきは、この再現された環境下でAIが活用されている点です。イノカの主要な研究対象の一つであるサンゴの健康状態の把握に、AIが大きな役割を担っています。

「AIの使い方は、例えばサンゴがどれくらい元気なのかを、元気な状態のサンゴをAIに覚えさせるんです。この状態はこの色で元気、というのを数字で学習させ、だんだんAIが『これは元気なサンゴ、これはちょっと弱ってる』と判断できるようになるんです」と松浦さんは語ります。人間が目視で判断するには限界がある微妙な変化も、AIが継続的に学習することで正確に把握し、サンゴの健康状態を常にモニタリングすることを可能にしています。

目の前に広がる「もう一つの海」:研究と教育の最前線

松浦さんがイノカに参画した際、初めて目にした環境移送技術で再現された水槽に感動を覚えたと言います。「本当に海を切り取ったような環境が目の前にあって、これが本当に地球のために何かできるというのが本当にワクワクしました」。

実際にイノカの水槽には、サンゴだけでなく、サンゴ礁に生息する多種多様な生物たちが共存しています。魚はもちろんのこと、ヤドカリやエビ、さらにはサンゴの中に暮らすサンゴガニといった微細な生物まで、サンゴ礁全体の生態系が再現されています。

サンゴ礁の他にも、マングローブ林や海藻、アサリなど、様々な海洋生態系が水槽内で再現されており、それぞれの環境における生物たちの営みを間近で観察することができます。

数ある海の環境の中でも、特に再現が難しいと感じる環境はありますかと尋ねると、松浦さんは「もちろんサンゴは非常に繊細で難しい生き物ですが、どの環境も本当にバランスが非常に重要なので、このバランスを見ること自体はどの水槽も難しい」と強調します。生物によってその繊細さは異なりますが、一度崩れてしまうと元に戻すのが困難な海の環境において、水槽内でのバランス維持は常に挑戦の連続だと言います。

近年、地球温暖化の影響でサンゴ礁の白化現象が世界各地で報告されています。サンゴ礁は海の生物にとってどのような存在なのでしょうか。

「サンゴ礁には全海洋生物種の25%もの生き物が暮らしていると言われています。しかし、サンゴ礁が広いかと言われると、実は海洋の面積で言うとわずか0.1〜0.2%程度しかありません。そのごく限られた面積の中に、全海洋生物種の4分の1がひしめき合って暮らしているんです」と松浦さんは解説します。

サンゴ礁は、まさに海の生き物にとっての「家」であり、多様な生命を育むゆりかごのような存在なのです。だからこそ、その保全や復活は、海の生態系全体の未来を左右する重要な課題となっています。

実験から生まれる新たな発見:海の未来を拓くパートナーシップ

イノカは、水槽内で多様な環境を再現できる強みを生かし、企業との連携を通じて具体的な社会課題の解決にも貢献しています。

例えば、化粧品大手の資生堂とは、「サンゴに優しい日焼け止め」の開発に取り組んでいます。海外ではサンゴ礁に悪影響を与える成分を含む日焼け止めが規制され始めている一方、日本ではまだ明確なルールがありません。そこでイノカの水槽を活用し、様々な成分がサンゴにどのような影響を与えるのかを検証することで、環境負荷の少ない日焼け止め開発をサポートしています。

「日本ではまだ日焼け止めのルールってない状態なんですけど、これがルール化された時から開発するんじゃなくて、ルールを作る側に一緒に回っていきましょうというところで、そういった先進的な考えを企業さんと一緒にやっていく活動をやっております」と松浦さんは、未来を見据えた企業連携の意義を強調します。

陸上では把握しきれない海の環境を水槽内で再現し、継続的に観察できることは、予期せぬ発見をもたらすこともあります。

「実験で言うと、仮説で『この成分はあまり良くないんじゃないか』とか、逆に『この成分はサンゴにとっていいんじゃないか』といったものをある程度の調査を持ってやるんですけど、全然違う結果が出たり、実はそんなに変わらなかったり、逆にちょっと元気になったりすることって結構起こるんです」と松浦さんは語ります。

私たち人間が持つ先入観や仮説を覆すような結果が得られることも少なくなく、水槽内での実験は「新しい発見の連続」だと松浦さんは言います。海の中という、毎日見続けることが難しい環境を水槽で再現することで、これまで見過ごされてきた微細な変化や影響が明確になり、より深い海の理解へと繋がっています。

イノカのオフィスには、まるで水族館やペットショップのように様々な水槽が並び、それぞれ異なる海の生態系が再現されています。サンゴ礁、マングローブ、海藻など、多種多様な海の顔がオフィスの一角に集結している光景は圧巻です。

「本当にオフィスにボンボンボンと水槽があって、それぞれ生態系があってっていう感じですね。集中できなくなったらこっち側に行って仕事してたりします。水槽が循環してるのでザーっていう音が聞こえて、結構ASMR聞いてるみたいです」と松浦さんは笑顔で語ります。

飯田橋にあるオフィスはガラス張りで、外からも水槽が並んでいる様子が見えると言います。道行く人々は、突然現れた海の景色に驚きを隠せないことでしょう。イノカのオフィスは、ただの職場ではなく、海の環境問題を解決するための研究拠点であり、そして何よりも、海への理解と関心を深めるための「窓」のような存在だと言えます。

海を「切り取る」という革新的な技術と、そこから生まれる新たな知見は、私たちの海の未来に大きな可能性をもたらすでしょう。松浦さんの言葉の端々からは、海への深い愛情と、地球のために貢献したいという強い情熱が感じられました。株式会社イノカの挑戦は、まだ始まったばかりです。

松浦さんのお話の続きは7月16日(水)10時28分からのFind Your Music!にてとお届けします!

このコーナーはAuDeeでも配信中です。ぜひアクセスしてみてください!

アーカイブ

  • 「Know The Sea Special〜海と私のストーリー~」

    これまでの『know the sea』の歩みを振り返る特別番組

    「Know The Sea Special〜海と私のストーリー~」

    Special Program

  • 井植美奈子

    海の環境をおいしく守る「ブルーシーフードガイド」

    井植美奈子

    一般社団法人 セイラーズフォーザシー日本支局 理事長兼CEO

  • 畠山信

    「森づくりは、人づくり」かき漁師・畠山重篤さんの遺志を受け継ぎ未来へ

    畠山信

    牡蠣漁師、森は海の恋人 理事長

  • リサ・ステッグマイヤー

    ハワイの海が教えてくれること~オープン・ウォーターに魅せられて

    リサ・ステッグマイヤー

    タレント

  • 中村英孝

    日本初!「さかな」の専門学校で学ぶ若者たちの未来

    中村英孝

    日本さかな専門学校 学務課長

  • 村山司

    イルカの言語能力を探る旅

    村山司

    東海大学 海洋学部 海洋生物学科 教授