
#109 下関春帆楼
2025.11.01~
第109回「伊藤博文公が愛し、日本で初めてふぐ料理の提供を許された山口県を代表する迎賓館」下関春帆楼に聞いてみた!
ゲスト:下関春帆楼 支配人 橋本 恒さん
『となりのカイシャに聞いてみた supported by オリックスグループ』。
この番組は、地域が主役の企業応援ビジネスバラエティ。
オリックスグループの提供でお届けします。
パーソナリティは、フリーアナウンサーの小堺翔太さん。
場所ごとに地元のアシスタントとともに、ゲストのお話を伺っていきます。
今回から2週にわたって山口県からお届け!
パートナーは番組初登場! エフエム山口で放送中の「SPARKIN’ MORNING」の月曜日・火曜日を担当している池田桂子(いけだ・けいこ)さんです。
初対面のおふたりですが、番組冒頭は共通の趣味である“サウナ”の話題で大盛り上がり!
山口県周南市にある湯野温泉では、街をあげて足湯や立ち寄り湯、源泉の水風呂などに力を入れており、“整う”こと間違いなしなのだとか。
そんな魅力溢れる山口県からお届けする本日のゲストは、ふぐ料理・割烹料理 下関春帆楼 支配人 橋本 恒(はしもと・ひさし)さんです。春帆楼(しゅんぱんろう)は初代内閣総理大臣、伊藤博文が愛した老舗ふぐ料理店。日清講和条約の締結会場になるなど、激動の日本を陰ながら支えてきた下関の迎賓館です。
本日はなんと、その春帆楼の客室からお届け!
素晴らしいお宿と素晴らしい景色に囲まれながら、春帆楼の歴史を紐解いていきます。
300年以上禁止された“ふぐ料理”の提供を日本で初めて許された老舗
山口県下関市にあるふぐ料理・割烹料理 春帆楼は、初代内閣総理大臣の伊藤博文公の命名によって始まった割烹旅館で、長らく禁止されていたふぐ食の提供が初めて認められたふぐ料理公許第一号店。その歴史は長く、明治維新の志士たちのよりどころとなりながら、日清戦争の際には日清講和条約の締結会場になるなど、激動の日本を陰ながら支え続けてきました。
また、二度にわたって、昭和天皇・皇后両陛下がご宿泊されるなど、現在も下関の迎賓館としての役割を担っています。
本日は、窓から関門海峡を望める春帆楼の客室・千草からお届け。春帆楼の客室の名前はすべて『平家物語』が由来となっているそうです。そんな春帆楼の自慢は、ふぐ料理。
実は、山口県ではふぐのことを“ふく”と呼んでいます。
橋本さん「山口では、幸福につながるという意味で“ふく”と呼んでいます。“ふぐ”と濁ると、不遇や不具といった縁起の悪い言葉を連想するため、料理名も“ふくさし”や“ふくの唐揚げ”などと呼んでいます」
下関市彦島には、日本で唯一のふぐ専門の卸売市場・南風泊市場(はえどまりしじょう) があり、日本全国で水揚げされたふぐが集まり、毒のある卵巣や肝臓などを取り除く除毒作業を行ってから再び全国へ出荷されています。このようにふぐに関する施設や技術が集積していることから、下関はふぐの街になっていったのですね。
コーナー「癒しのおすすめスポット聞いてみた!」
橋本さんがおすすめする、地元の癒しスポットは春帆楼の目の前に広がる関門海峡。日本三大海峡の一つに数えられる関門海峡は、大型船や貨物船、クルーズ船、自衛艦が行きかう雄大な景色が広がっています。
橋本さん「下関にいらした際は、ぜひ春帆楼のお部屋から見ていただきたいですね」
春帆楼のお部屋からは瀬戸内海の多島美の美しさも堪能することができ、ここでしか味わえない景色が広がっています。ぜひみなさんも山口の美しい海景を、春帆楼から眺めてみてくださいね。
打ち首覚悟でふぐ料理を出した、初代女将・藤野ミチ
春帆楼は、日本で初めてふぐ料理の提供を許された公許第一号店。そもそもなぜふぐ料理の提供が禁止されていたかと言うと、豊臣秀吉の時代にまで話は遡ります。
豊臣秀吉が朝鮮出兵のために下関に立ち寄った際、ふぐに毒があることを知らなかった兵士たちがふぐを食べて多くの人が亡くなりました。それで豊臣秀吉はふぐ食の禁止令を出し、それから300年以上、明治の時代になるまでふぐ食が禁止されていました。
長年禁止されてきたふぐ料理を、春帆楼が提供することになったのはどういったきっかけなのでしょうか?
橋本さん「伊藤博文公が春帆楼に立ち寄られた際、たまたま関門海峡の海が時化っていて、提供できる魚がなかったんですよ。ただ、ふぐだけがあったので、初代女将・藤野ミチが打ち首覚悟で禁止されていたふぐを出したそうなんです」
それでふぐの味を気に入った伊藤博文が、こんなにおいしい魚をご禁制にしておくのはもったいないということで、ふぐのご禁制を解き、全国でふぐ食が許され、春帆楼はふぐ料理公許第一号店の名誉をいただいたそうです。
橋本さん「実はこのミチさんというのは、奥平藩の御殿医だった藤野玄洋の奥さんで、玄洋が亡くなったあと、伊藤博文公の勧めでミチさんが医院を改装して春帆楼を開業したと言われています」
初代女将の教えは今も受け継がれており、お客様を第一に考え、おいしい食事を提供してお客様をもてなす精神は今日まで根付いています。お客様をおもてなしで癒したいという心は、医者の妻であったミチさんだからこその考えだったかもしれませんね。
来週も歴史ある春帆楼から、歴史を感じるお話をたっぷりと伺います。どうぞお楽しみに!
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#109 下関春帆楼
ゲスト:下関春帆楼 支配人 橋本 恒さん
URL:https://www.shunpanro.com/


