鳥羽市水産研究所 研究員

岩尾豊紀

私たちの宝である海を未来へつなぐため、さまざまなゲストをお招きして、海の魅力、海の可能性、海の問題についてお話を伺っていく「Know The Sea」。Podcastなどを介してお届けしているこのコンテンツは、日本財団「海と日本プロジェクト」の一環です。

今回は、三重県鳥羽市水産研究所の研究員で、「鳥羽の海藻博士」と呼ばれている 岩尾豊紀さんに、鳥羽の海をバックにお話を伺いました。

鳥羽の海藻博士、その多岐にわたる研究とは?

「メインの仕事は、養殖海苔やワカメの種苗作りです」と語る岩尾さん。漁師さんたちが使う養殖用の種を育てることが、日々の重要な業務なのだそう。また、カキなどの養殖業者からの相談に応じたり、共に学びながら、時には県の研究所とも連携して課題解決に取り組んでいると言います。

研究室にこもるだけが研究員の仕事ではありません。地元の小中学生はもちろん、愛知や大阪、奈良、関東など遠方からも訪れる子どもたちや社会人団体に向けて、海の魅力を伝える研修も行っています。

「研修の教材作りも兼ねていますが、鳥羽の海を知るためには、やはり潜って調査することが不可欠です。特に私は海藻が専門なので、海の中の海藻がどう変化しているのか、珍しい海藻は生えているのかなど、潜ったり歩いたりしながら調査するのも仕事ですね」

海藻に魅せられたきっかけ:深海の神秘的な光景

意外なことに、岩尾さんはもともと海が苦手だったと言います。自然は好きだったものの、大学で海を学ぶ学科に進んだのは、むしろ「知らないものが多かったから面白かった」という好奇心から。

そんな岩尾さんが海藻に強く惹かれたのは、ある深海での光景がきっかけでした。

「泳いで海底にたどり着くと、深い場所で静かに揺れている海藻の姿が、まるで僧侶の列のように見えて、怖さと同時にすごいなと感動したんです。それを見て、『これは知りたい、なぜこんなにすごいのか』という気持ちが膨らんでいきました。それが、私の海藻研究の原点です」

大阪出身で海に馴染みが薄かった岩尾さんが、鳥羽の海と深く関わるようになったのは、三重大学での海藻研究がきっかけでした。趣味で続けていた研究のために鳥羽の海に潜り、その豊かさに気づいたと言います。

「鳥羽の海は、地形が多様です。磯の場所もあれば砂浜や砂利、急に深くなる海など、狭い地域の中にさまざまな海があり、それに合わせて多様な海藻が生えているのがすごいところですね」

豊かな海の陰に潜む問題:温暖化と人間活動の影響

豊かな鳥羽の海ですが、岩尾さんは研究を通して、さまざまな問題点を感じています。

「日本中で、海藻だけでなく多くの生き物が温暖化や沿岸開発の影響を受けています。海藻が減少傾向にあるのは、避けられない問題です」

海藻の減少は、水産業にも大きな影響を与えています。漁獲量の減少や、アワビやサザエの減少など、海藻と直接的・間接的に関係している問題が山積しているとのこと。 「養殖業も課題に直面しています。海苔の養殖では、育ちが悪くなったり、色が劣化して市場価値が下がったりするケースも。自然の変化も影響していますが、日本の消費活動とのミスマッチも問題です。漁師さんの減少も相まって、課題だらけといった状況です」

漁師・海女さんとの連携:現場の声から生まれる知見

鳥羽といえば、漁師だけでなく海女さんも多い地域。岩尾さんは普段から漁師さんや海女さんたちと密にコミュニケーションを取っていると言います。

「電話がかかってきたり、直接漁港に行って『魚獲れてる?』と挨拶したりします。海女さんからは『海藻が減ったけど、それでも生えている場所がある』といった貴重な情報をもらうこともあります。私一人では集められない情報がたくさんありますし、漁師さんだけでは役に立たない情報もあるので、そういった情報を拾い上げています」

子どもたちに海の魅力を伝える「とば海藻カード」

次世代の子どもたちに海藻への興味を持ってもらうことは、海の未来にとって非常に重要です。そこで岩尾さんは、子どもたち向けの「とば海藻カード」を制作しました。

「もともと海藻のカードがあったら面白いなと思っていたんです。そんなとき、市役所の若い職員が『こういうのを作ったら面白い』とアイデアを出してくれて、予算もつけてくれました。鳥羽には100種類以上の海藻がありますが、すべてをカードにできないので、約30種類を選びました。しかも、潜らないと見つけられないようなものではなく、海のそばを歩いていれば見つけられるような海藻をリストアップしています」

カードにはレア度を示す星のマークもついており、見るのが難しい海藻や希少な海藻、あるいは潮が引かないと見られない海藻などがレアカードになっています。さらに「キラキラカード」というものも。

「キラキラカードは、鳥羽の子どもたちが大人になってから、居酒屋や寿司屋などで海の話題を話すときに、『これは知らないだろう』と自慢できるような、海辺育ちならではの海藻を選んで、とにかく暗記するようにと伝えています(笑)」

大人でもワクワクするようなこのカードを通じて、子どもたちが海藻に触れ、海の多様性を知るきっかけとなっているようです。

博士おすすめの海藻料理と、私たちにできること

岩尾さんがおすすめする好きな海藻料理は、この地域特有の「あらめ巻き」だそう。

「昆布の仲間であるアラメの葉を柔らかく煮て、イワシやサンマのような油の乗った魚や、豚肉を巻いて炊くと美味しいんです。そのまま食べるなら、鳥羽だけでなく千葉や富津でも有名な海苔、黒海苔も絶品ですよ」

岩尾博士の解説を聞きながら、さまざまな海藻料理を味わってみたいと、食欲がそそられます。

最後に、私たちにできる海の課題への対応について尋ねました。

「最近はSNSなどで、さまざまな地域の海の課題が取り上げられていますよね。情報自体は簡単に手に入る時代です。だからこそ、大切なのは『よく観察する』ことだと思います」

都会に住んでいて海から遠くても、スーパーなどで並んでいる旬のワカメやアサリの値段の変化に気づくこと。価格が上がっているのはなぜだろう?と、その背景にある漁獲量の減少や燃料費の高騰など、さまざまな要因に思いを巡らせること。

「海に遊びに行ったら、ただ遊ぶだけでなく、落ちているプラスチックゴミや、そこに暮らす生き物に注目することも大切です。海に頻繁に行けない人は、身近な場所、例えば庭に咲いている花や街路樹の雑草がどう変化しているかなど、人間以外の自然の生き物に注目することから始めるのも良いかもしれません」

子どもから大人まで、誰もが好奇心を持って、身の回りにある自然に目を向けることの重要性を語る岩尾さん。

リスナーへのメッセージとして、「食卓に並んでいる海藻ひとつとっても、地域によって味が違います。普段食べている海藻がどこで育ったのか、どのような人々の手によって食卓に届いているのか、少し調べて感じながら食べてみてください」と岩尾さんは伝えます。

「お寿司屋さんのお大将に聞いてみるのも良いですよ。大将は軍艦巻きの海苔ひとつとっても、すごいこだわりを持っていて、とても詳しいですから。そうやって、普段暮らしていない場所の海の生の情報を、食べ物や生き物を通じて集めてみると、きっと面白いことがたくさん分かるはずです」

今回のゲストは、鳥羽市水産研究所の岩尾豊紀さんでした。

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